ついに亡くなる

病院に戻り、父の病室で金鯱の写真を見せていたら、イケメン脳外科医と好みの看護士Hさんが現れた。そのまま病室で現状の話をして、「そろそろ親族をお呼びください」と言うことになった。いったん家族待機室に戻り、親戚達にこの話を切り出そうと思ったが、切り出せずにいると看護士Hさんが現れて「イスを用意したので、ベットの近くに居てあげてください」と伝えられた。集まっている人たち全てがベットの近くに集まった。どうやら人口呼吸器などの機器の設定を見ると、タイマーで徐々に弱くなり最後には切れるような感じだ。そして機器が切れて、徐々に心拍が弱くなる。イケメン脳外科医と看護士Hさんが現れ13時24分、死亡が確認された。ついに父は61歳で亡くなってしまった。
母や親戚は大泣きしているが、自分は落ち込む暇もない。自分は「今までお疲れさまでした」と一言いい、次の仕事に移った。あらかじめ調べておいた葬儀社へ連絡し、病院から家へ帰る寝台車の時間の確認。会計での死亡診断書の書類作成費の支払いを伯母に依頼し、お寺さんへの連絡を伯父に依頼する。そして父の勤めていた会社のOB会への連絡、自分の会社への連絡、その他いろいろと連絡をする。その間に父は最後の処置を、看護士Hさんらにしていただいていたみたいだ。一方、母は倒れてしまって親戚たちに介護されていた。
そうこうしている寝台車が到着し、イケメン脳外科医と看護士Hさんに見送られ、病院から家に帰ることとなった。